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2010.10.09

「アジャイル開発の進め方」はもう聞き飽きた

 10年にわたって多くの試行錯誤と議論がなされてきたアジャイル手法だが、どうもひっかかっていることがある。アジャイルに関するこれまでの語りは「アジャイルなシステム開発に必要なものは何か」ではなく「アジャイル開発の進め方」を微に入り細に入り説明しているだけではなかったか。

 こういう言い方ではピンとこないだろうから、言い換えてみる。「リッチな暮らしを送るための条件は何か」をぼかしたまま「リッチな暮らしの楽しみ方」ばかりを説明する――そんな語りがあったら奇妙だと思わないだろうか。リッチな暮らしを担保するもの(じゅうぶんな資産)については曖昧にしたまま、リッチな暮らしの諸相を事細かに語る。よほどの暇人でも、聞いているうちにウンザリしてくるのではないか。

 「イテレーションの手順はこれこれこんな風です」「豪華客船への搭乗手順はこれこれこんな風です」「ダイナミックな開発過程を通してプログラマのやりがいが生まれることは間違いありません」「地中海に沈む夕日を眺めながらの一杯。人生への感謝の念を覚えることは間違いありません」

 紛らわしいことに、「リッチな暮らしとはどんなものか」や「アジャイルなシステム開発とはどんなものか」を語るだけであれば、際限なく新奇な要素を付け加えてゆける。こんな新しいツールや手法を用いることで、もっと効率と楽しさを引き出せる――そのような要素がいくつか加わるだけで、新しいことを語っているように見える。そのおかげでウンザリせずにすんでいる聞き手はいるのかもしれないが、なんだかオメデタイ話だ。

 もちろん、「アジャイルなシステム開発」や「リッチな暮らし」があり得ることを理解したり、それらをより堪能するためのさまざまな工夫に意味がないわけではない。それらをイメージできていなければ、自分をそんなステキな場所にプロモートしていこうという動機も意欲も生まれないだろうから。

 しかし、それだけではまったく不十分なのだ。「リッチな暮らし方の教科書」にしたがってそっくり真似するだけでも、一時的にはリッチになったかのように思えるだろう。けれどそんなものは続けられないし、無理に続ければ状況は悪化するばかりだ。リッチな暮らしを維持できないとすれば、我々に何か(資産)が決定的に足りないからだ。そして、その何かを獲得するための方法は「リッチな暮らし方の教科書」には書かれていない。なぜなら、その本は「リッチな人々」に向けて書かれているから。

 我々がやるべきことは、もはや「リッチな暮らし」や「アジャイルなシステム開発」を想像してウットリすることではない。「リッチな暮らしを送るために決定的に足りない何か」や「アジャイルに開発するために決定的に足りない何か」に気づいていったん絶望し、それを得るための果敢な一歩を踏み出すことだ。

 では、「アジャイル開発を担保するもの」とは何か。少なくとも方法論や組織論や管理手法や思考習慣や「ナントカ脳」の類ではないような気がしてならない。それらはアジャイルの効果をより高める要素でしかないからだ。答は「リッチでない者にとっての資産」のように、明確に欠如していて、かつ生々しいほどに具体的な何かだ。それさえなんとかして手に入れれば「アジャイル専門家」とかの指導など受ける必要もなく、だしぬけにアジャイル開発が始まってしまう――そんな何かだ。

 いったい何か。「正しい方向に向かって開発作業が進んでいるという確信」を与えてくれるリソースである。具体的にはたとえば、販売管理システムや生産管理システムといった「業種別にライブラリ化された業務システムのOSS」だ。それはオープンソースであるだけでなく、基本設計情報(業務マニュアルやデータモデル)が添付されていて、しかもカスタマイズが容易なソフトウエアでなければならない。

 業務システム開発を始める際にそういう「資産」が手元になかったのがそもそもの間違いである。すでに完成している同種の業務システムを、いきなりユーザに使ってもらってフィット&ギャップ分析を行う。挙げられたカスタマイズ項目にもとづいて工数見積して、イテレーティブにカスタマイズを進める。はたから見れば怒涛のアジャイルだ。この答に気づいてしまったゆえに、私はプログラマとしてそれを開発せずにいられない。

 その答が何であるにせよ、現時点でアジャイルを論ずることが「アジャイル開発の進め方」の49回目の蒸し返しであってほしくないものだ。「それさえ投下すれば自動的にアジャイル開発が始まってしまうアカラサマな何か」を示すこと、そしてそれを得るための現実的な方策を示すものであってほしい。十年一日のような「リッチな暮らしの楽しみ方」の語りは聞き飽きた。もうそろそろ「リッチな暮らしを送るために絶望的に足りない何か」について希望をもって語ってほしい。

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コメント

アジャイル系の話を聞くと妙な違和感を感じていたのですが、凄くすっきりしました。

>「リッチな暮らしとはどんなものか」や「アジャイルなシステム開発とはどんなものか」

アジャイル開発とはシステム開発における”リッチな暮らし”なんだと認識できました。

”リッチな暮らし”を担保する資産(開発資産)の作り方とは何か?私も考えます

投稿: 匿名希望 | 2010.10.09 20:57

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