販売管理システムの「会計3要素」
卸売業向けの販売管理システムは、ソフト技術者がシステム設計を学ぶためには最良の案件である。まず卸売業の企業数が多いということがその理由のひとつだが、もっと重要なのは、骨格が共通している点だ。個々の企業の特性に合わせて販売管理システムにはさまざまな違いが生じるが、基本的な骨格は同じである。
その骨格とは、筆者が呼ぶところの「会計3要素」、すなわち「仕入」、「売上」、「受払」だ。販売管理システムはこれらの要素を周到に取り扱って、その数字を財務管理システムに渡さなければならない。それらが集計される過程で企業の特殊性は捨象されてしまう。そういうわけなので、その骨格を正しく理解しておけばシステム設計はぐっと楽になる。武道において腰や腹の安定が基本中の基本であるようなものだ。
「3要素」のそれぞれを説明しよう。「仕入」は買掛残高、「売上」は売掛残高、「受払」は在庫残高をそれぞれ増減させる取引である。もう少し正確に言えば、仕入計上にともなって買掛残高は増え、支払がなされたら減る。仕入返品等のマイナス仕入が起こっても減る。売上も同様だ。売上計上にともなって売掛残高は増え、回収(販売代金を受け取ること)がなされたら減る。売上返品等のマイナス売上が起こっても減る。在庫残高については、プラスの受払(受入)が計上されたら増え、マイナスの受払(払出)が計上されたら減る。
各要素と残高との関係をまとめると次のようになる。
正の仕入 → 買掛残高の増加
負の仕入 → 買掛残高の減少
(支払 → 買掛残高の減少)
正の売上 → 売掛残高の増加
負の売上 → 売掛残高の減少
(回収 → 売掛残高の減少)
正の受払(受入) → 在庫残高の増加
負の受払(払出) → 在庫残高の増加
販売管理システムでは、さまざまな取引が管理されているが、それらのほとんどは上記3要素の「もつれ具合のバリエーション」として以下のように類型化できる。
A.各要素が単独で関わる取引
(1)仕入調整(正の仕入、または、負の仕入)
(2)売上調整(正の売上、または、負の売上)
(3)棚増棚減(正の受払、または、負の受払)
B.2つの要素が関わる取引
(1)仕入入荷(正の仕入&正の受払)
(2)仕入返品(負の仕入&負の受払)
(3)売上出荷(正の売上&負の受払)
(4)売上返品(負の売上&正の受払)
(5)相殺 (負の仕入&負の売上)
C.3つの要素が関わる取引
(1)直送(正の仕入&正の売上&正負の受払)
この中でいちばんわかりやすいのはBの(1)~(4)だ。入荷すれば買掛と在庫が増える。入荷品を返品すればその逆が起こる。出荷すれば売掛が増えて在庫は減るし、客先から返品されてくれば売掛は減って在庫が増える。ただし、出荷や売上返品において、売掛残高の増減額と在庫残高の増減額が一致しないことに注意しなければならない。あたりまえの話なのだが、100円分の在庫を出荷して売上が100円なら粗利はゼロだ。商売でやっているのだから、それが常態であるはずはない。
A(3)もわかりやすい。実在庫と帳簿在庫との差異が見つかったなら、帳簿在庫の在庫残高を増やすか減らすかしなければいけない。その差異を大規模に調査して在庫残高を確定する作業が「棚卸」である。
これら以外は業務システムに馴染んでないひとにはわかりにくいかもしれない。まずA(1),(2)だが、商品の動きをともなわずに売掛や買掛だけを増減させる取引だ。取引先との掛残高を一致させるためだったり、期間取引高に応じたキックバックやリベートといった形で発生し得る。
B(5)の「相殺(そうさい)」は、取引先が商社のように「仕入先」と「得意先」を兼ねている場合に起こる。売掛残高と買掛残高の両方が減って、どちらかが残高ゼロになるのがふつうだ。結果的に、支払か回収の手間を省ける。
いちばん派手なのはC(1)の「直送」だ。売上と仕入と受払が同時に起こる。仕入先から商品が得意先に直送されるのだから、自社倉庫の在庫の変動はないはずではある。しかし、詳しい説明は省くが、在庫単価を正しく維持するために受払をあえて計上する必要がある。この複雑な取引をシステムでどう管理するかが、設計者の腕の見せどころだったりする。
このように、それぞれの取引の会計要素上の特性を理解しておくことが、それぞれの取引の管理簿(データベース)を設計するための基本だ。取引データを追加したときに、各要素の実績データが追加されると同時に残高が増減しなければならない。取引データを修正したときにも、整合性を保ったままで関連要素が更新されなければならない。ややこしそうな課題に聞こえるが、この枠組みで眺めたら見通しがずっとよくなる。より詳細については、今週発売のDBマガジン(3月号)での連載記事「超モデリング入門(第3回)」で確認してほしい。
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