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2018.09.03

打ち合わせの真ん中にモデルを置こう

 何年か前、ある開発プロジェクトでの打ち合わせを脇から眺める機会があって、あまりの非効率さに驚いたことがある。データモデルの確立を含めた上流工程でのユーザを交えた打ち合わせだったのだが、技術者は最初から最後まで「現行業務の進め方を教えてください」というスタンスなのである。退屈なやり取りが延々と続いて、最終的な成果物は「議事録」だけだった。

 それのどこが悪いのか。仕様策定に関わる打ち合わせであるにもかかわらず、その真ん中にデータモデルが置かれていない点だ。本来であれば、ユーザとのやり取りによってモデルはダイナミックに変化していく。打ち合わせの成果物は「その場で改定されたより良いモデル」でなければいけない。どんなに気の利いた議事録やグラフィックレコードが出来上がったとしても、モデルの創造や改善につながらなかったのであれば、その打ち合わせは無駄だったということだ。

 「データモデルのような専門的な図面をユーザは理解できない」という反論がすぐにありそうだ。データモデルがユーザにとって理解しにくいとしたら、それは見せ方が悪いからだ。センスの良い技術者であれば、相手の立場や理解力に応じたモデルの見せ方を心得ている。いきなり大規模集積回路のようなしろものを示すようなやり方では、ほとんどのユーザにはちんぷんかんぷんだろう。かれらにとって重要な部分だけを端正な形で示せば、その業務の専門家であれば容易に理解してくれるものだ。

 データモデルや業務フローのような図面は、技術者同士が仕様を理解するための資料であるだけでなく、技術に関して素人であるクライアントとの「インタフェース」でもある。自宅を新築しようとしている施主なら、新しい家の設計図は努力して読み取ろうとするだろう。そういうものを活用しない手はない。にもかかわらず「素人には理解できないから見せてもしょうがない」と言い張る技術者がいるのは不思議なことだ。もしかしたらその図面はプロが見ても理解できないのかもしれない。

 「最初のモデルを描くためには現行業務が理解されていなければいけない。だから、少なくとも初期の打ち合わせは『現行業務の進め方を教えてください』にならざるを得ない」という反論もありそうだ。これもおかしい。初めての打ち合わせであっても、技術者は「仮説モデル」をイメージ出来ているはずだ。よほど特殊な業務で事前にイメージできなかったとしても、30分も話せばその場でモデルをまとめられるはずだ。

 ここらへんの問題は、AsIs(現在の姿)とToBe(あるべき姿)の関係として理解されている。ある程度はAsIsがわからないとToBeもわからないとは言える。ところがスキルの足りない技術者ほど、AsIsの調査・分析にばかり手間をかけて、いつまでたっても「AsIsとは異なるToBe」を生み出さない(生み出せない)。これは「分析病」と呼ばれるアンチパターンで、最終的には「AsIsとそっくりなToBe」をまとめてしまう。私が言う「最新の建材で更新された竪穴式住居」というやつだ。

 じっさい、建築士が家のデザイン(ToBe)を構想するために、施主が今住んでいる賃貸マンションの仕様(AsIs)を調べ上げるわけではない。AsIsはせいぜい「ToBeを微調整するための素材のひとつ」でしかない。AsIsを緻密に理解するよりも大切なのは、クライアントの思いを理解することだ。これをAsIsの概要とともに理解すれば、手慣れた専門家であれば手早くToBeを創造できる(*1)。

 ToBeを生み出した「後」で、必要に応じてAsIsの特定部分を緻密に調べるているのならわかる。しかしひたすらAsIsを調べてまとめるばかりだとしたら、「AsIsとは異なるToBe」を構想するためのスキルやセンスが欠落していると推測せざるを得ない。しかもかれらは長時間労働をすることで自分の成果が受け入れられると考えているのか、定時を過ぎても帰ろうとしない。誰にとってもいいことがない。

 事業活動の「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の必要性が叫ばれている昨今、これまで以上にAsIsに固執すべきではない。未来を見据えてゼロベースで業務態勢を見直すくらいの覚悟がなければ、今どき費用をかけてシステム刷新する意義はない。だからこそ、新しいデータモデルとこれにもとづく業務連係様式が確立される必要がある。そのためにもまずは、打ち合わせの真ん中にモデルを置いてほしい。


*1.言うまでもないが「AsIsと異なるToBe」を絵に描いた餅にしないための配慮も要る。具体的には、「ToBeモデルにもとづくプロトタイピングとデータ移行」を上流工程でやってしまえばいい。ウォーターフォールだのアジャイルだのオブジェクト指向だのは、その次の段階で本番システムをどう実装するかの問題でしかない。

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