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2015.06.21

ビブリオバトルで蘇我入鹿を語る

 参加者が5分で本の内容を語って、どの本がいちばん読みたくなったかを投票で決める。それが「ビブリオバトル」で、IT勉強宴会では2回目。私は初参加で「聖徳太子は蘇我入鹿である(関裕二)」を取り上げた。

 5分なんてあっという間なので、内容についての細かい説明ができるわけではない。せいぜい語れるのは、個人的な読書体験である。

 どういうことか。それを読む前と後で世界の見方が変わってしまった。それは読み手のそのときのあり方と本の内容との交感によって起こるという意味で、個人的な体験である。5分で本の内容を解説できなくても、そんな体験にもとづく感情であれば語れる。だからビブリオバトルというのは「本をダシにした自己紹介」であって、そこでは参加者たちの「自分語りのうれし恥ずかしさ」が交錯する。楽しくないわけがない。

 さて、蘇我入鹿である。彼は中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足。藤原氏の始祖)という古代のヒーロー・コンビによって劇的に殺された大悪人として有名である。今回取り上げた「聖徳太子は蘇我入鹿である」という挑戦的なタイトルの本の内容について、あえてまとめれば次のようになる。代々の大王(おおきみ、天皇)の継承に関わった出雲系と九州系の2つの王朝の併立と相克、それに隋や百済を含めた政治情勢の中で、入鹿は斃(たお)されなければならなかった。しかもその事実は大幅に歪曲して記録される必要があった。

 しかし、ここらへんをさらりと語っても面白さはまるで伝わらないし、伝わるように語れば1時間でも足りないだろう。だから5分で私が本の内容について語ったことは、「日本書紀といえども大本営発表でしかない」という指摘と「蘇我入鹿が祟った」という事実、それに「蘇我善徳(そがのぜんとこ)」という謎めいた人物についての3点だった。あとは個人的な感傷をつらつらと語っただけなのだが、それだけでも語り手としては満足である。

 本の内容に関する3点について補足しておこう。

 歴史に詳しい人ならば、日本書紀の編纂が天武天皇の命によって始められたことを知っているだろう。しかしその編纂作業さえ、天武天皇の死後、藤原氏によって政治的に利用されてしまう。結果的に、日本書紀は発案者である天武天皇の正体を隠し(*1)、蘇我氏や物部氏を貶め、藤原氏を顕彰するための「正史」として完成してしまう。それだでけなく、正史に整合しない歴史書は集められ焚書された。大本営発表以外のなにものでもない。

 2点目の、「蘇我入鹿が祟った」とはどういう意味か。日本では古来、祟る人物は「無実の罪を着せられ非業の死を遂げた高貴な人物」として相場が決まっている。平将門、菅原道真などの有名な事例の中で、蘇我入鹿が祟っていたことはあまり知られていない。日本書紀の中で極悪非道な人物とされていた蘇我入鹿が祟ったというのは奇妙である。それは入鹿の死に関して、正史に残せない何かの事情があったということではないのか。

 3点目。よく知られた蘇我入鹿に比べると、蘇我馬子の長子である蘇我善徳はほとんど知られていない。にもかかわらず、彼は決定的に重要な人物だった。日本初の仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)の初代管長を務めただけでなく、聖徳太子が書いたとされる「日いづるところの天子」の国書に興味を持った隋の煬帝によって日本に派遣された裴世清(はいせいせい)とも、その法興寺で会っている。詳細については省くが、日本書紀でほとんど事績が語られなかったこの人物についていくつかの歴史書で突き合わせると、聖徳太子、そして蘇我入鹿との共通点が鮮やかに浮かび上がってくる。

 著者の結論はこうだ。仏教思想にもとづく善政を布いて慕われていた蘇我善徳(=入鹿)は、中大兄皇子と鎌足によって、東アジアの政治情勢ゆえに殺されなければならなかった。ところが殺害事件(*2)の数年後から、首謀者たちは自分が祟られていると感じ始める。震え上がった藤原氏が事件の数十年後に、善徳を間接的に称揚するため(鎮めるため)に考案したのが、日本書紀における聖徳太子であり、鎮魂装置としての法隆寺である――。

 私にとっての本の魅力のひとつは、ときに「今までこうだと思っていたことが、じつはぜんぜん違っていた」といったひっくり返り体験をもたらしてくれる点だ。必然的にジャンルとしては自然科学に偏りがちだったのだが、この本は歴史解釈についてもそれが起こり得ることを教えてくれた。読書のジャンルそのものを広げてくれた、ありがたい本のひとつである。

 公の場所で「判官贔屓(ほうがんびいき)」ならぬ「入鹿贔屓」を語れたのはしみじみとうれしかったし、IT系のイベントで蘇我氏や藤原氏が語られるというカオス具合も楽しかった。IT勉強宴会の主幹である佐野さんは「ビブリオバトルは面白いんだけど、集まる人数が少ないからこれで打ち止めかなあ」と言っているが、続けてほしいものだ。好きな本を語ることも楽しいが、好きな本についての誰かの語りを聞くこともまた、その人の有り様が見えてくるようで楽しいではないか。


*1.日本書紀の中で唯一人、生年が記載されていない天皇が天武である。なぜことさらに生年を隠す必要があったのか。あっと驚く推理が、上掲の関裕二のデビュー作に続く第二作「天武天皇 隠された正体」で示される。こちらもお薦めだ。
*2.乙巳(いっし)の変。「大化の改新」として理解されていることが多いが、それは事件後の国政改革のことを示す用語である。

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