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2012.04.22

「モデル」としての仕様書

 モデリングツールのXEAD Modelerで作成したモデル情報を、XEAD Editor(XEAD Driver付属の仕様書専用エディタ)に取り込めるようになった。これまではテーブル定義にもとづくDDLをModelerで生成して、それを取り込むやり方しかできなかったが、DDLを経由せずに直接取り込めるようになった。また、テーブル定義だけでなく、機能定義やサブシステム定義も取り込めるようになった。

 これは事実上のMDA(モデル駆動アーキテクチャ)だ。Modelerで実装独立なモデル(PIM:プラットフォーム独立モデル)をまとめ、これをEditorに取り込んで、実行環境向けのモデル(PSM:プラットフォーム限定モデル)として詳細化する。結果的にPSMは「実行可能なモデル」となる(次図)。
20120423_2 Wikipediaによると、MDA(モデル駆動アーキテクチャ)はすでに2006年時点でガートナー社によって「D.O.A.(死に体)」と評価されている。しかしダジャレじゃないが、"D.O.A."とみなされたMDAも、"DOA"(データ指向アプローチ。英語ではDCA)の枠組みによって蘇生可能である。

 この新種のMDAの特徴は、PIMがER図やDFDといった図面主体なものであるいっぽう、PSMが「仕様書」という"表主体"な様式で記述される点だ(次図)。OMGが提唱したオリジナルのMDAでは、いずれも図面主体なUMLで記述されることが前提になっていた。しかし、PIMとPSMを同一の様式で記述しなければいけない理由はない(同一の様式にこだわれば頓挫するだけなのかもしれない)。

20120423b

 いずれにせよ、まずER図やクラス図あたりをモデルの記述様式とするのは穏当なところだ。では、PSMが「仕様書」の様式をとっているとはどういうことなのか。意識されることが少ないが、仕様書はモデル記述様式の一種なのである。「こんなアプリケーション」という設計者の意図を様式化したモデル、それが「仕様書」だ。

 従来のように「プログラマへの作業指示書」として位置づける限り、仕様書は「必要悪」であり続ける。わかりにくく変わりやすい仕様書は読み手(プログラマや保守担当者)に嫌われているし、書き手のほうもExcel方眼紙で仕様書をチマチマと作成・保守することにウンザリしている。仕様書は要らないんじゃないかなんてヤケッパチな議論さえ出てくる始末だ。

 「プログラマへの作業指示書」ではなく、人間によって読み取りやすい様式を備えた「コンピュータへのデータ処理指示書」として、仕様書を位置づけよう。システム開発が商用化されて以来半世紀の間、仕様書の様式は活用され続けてきた。仕様書は有用な「モデル」である。それも「実行可能なモデル」としてPSMに適用するには使い勝手の良いモデルだ。利用しないのはあまりにもったいない。

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