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2011.11.22

SI企業が「モデルシステム」を公開しない理由

 誰もが参照できる「モデルシステム」がシステム開発業界には必要だ。そんな「知的社会資本」の整備は、この業界が長い間ないがしろにしてきた社会的使命である――私のこの主張に対して非現実的だと言われることがある。曰く、その種のノウハウは開発事業における競争力の源泉みたいなものだから、そんなものを積極的に公開しようとするお人好しな開発企業なんてあるはずがない、と。

 モデルシステムは建築業界における「モデルハウス」に相当する。業種別の設計情報やその実装版としてライブラリ化されたもののことを言う。これを叩き台として個別案件が開始されるようになれば、システム開発のスタイルは一変する。なにしろ「作り始める前に完成している」のだから。

 そういうリソースをシステム開発企業が積極的に公開するとは私も思っていない。しかしその理由として「システム開発業における競争力の源泉だから公開するはずがない」などと解説されると不思議な気分になる。システム開発企業がそれほど優秀になったとは、私には思えないからだ。

 もしそれらが「公開すべきでない企業のノウハウ」であるなら、社内ですでにライブラリ化が完了しているはずだ。そうでないとしたら「企業のノウハウ」ではない。一部の優秀な社員がそれを(頭の中とかに)保持している事実があっても、それは「企業のノウハウ」ではない。そのような属人的なノウハウはその社員が退職した瞬間に逸失するからだ。

 したがって、「企業のノウハウ」とするために、まずは優秀な社員からそういった知見を聞き出して整備する必要があるわけだが、現実には難しい。まず、それほど優秀な社員は実案件に首まで浸かっていて、そんな作業に手を貸すヒマがない。また技術者の多くが、そういう知見を吐き出せば自分の雇用意義が失われてしまうと考えるので、よほどのインセンティブが用意されない限りうまくいかない。

 仮に積極的に協力してくれる奇特な技術者がいるとしても、複雑で膨大な設計情報を様式化するためのノウハウが別途必要になる。じっさい、実案件の設計情報を集めただけでは、守秘義務の問題が生じないとしても、個別案件の特殊性をノイズとして含むためにライブラリとしては使いにくい。また、設計情報の受け皿となる専用様式も必要で、「EXCEL方眼紙」を無批判に使っているような管理レベルではとうてい無理。

 そういった困難を克服してまで社内の共通資源として整備・維持しようとは、ほとんどの開発企業は考えない。なぜなら彼らは次案件の獲得や現案件の火消し作業といった目の前の雑事でてんやわんやだからだ。

 SI企業がモデルシステムを公開しないほとんどの理由は何か。それは「SI事業における技術力・競争力の源泉ゆえに、あえて秘匿するため」などといった高級なものではない。「そんなものはハナからないから」である。そして、そんな現状こそが十年一日のスクラッチ開発の無駄やデスマーチをもたらしているのであって、「ウォーターフォールからアジャイルへ」にはるかに優先する課題だ。

本ブログでの関連記事:
設計ノウハウの占有による優位性のあやうさ

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コメント

<そんなものはハナからないから>その通りだと思います。ただ、<技術者の多くが、そういう知見を吐き出せば自分の雇用意義が失われてしまうと考える>というのは少し違うと思います。
モデルを理解出来る人がその一人だけという会社が多いためでしょう。問題は根深い(^^;

投稿: HAT | 2011.11.22 13:54

HATさん

なるほど...泣けますなぁ(><)

投稿: わたなべ | 2011.11.22 17:11

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