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2006.12.10

優れたツールが備える「BDT特性」

 「パワーポイント」をはじめとした完成度の高いツールには「BDT("Baka Demo Tsukaeru"の略)特性」が備わっている。BDT特性が不十分なツールは、出来が悪いか発展途上かのどちらかなので、それをあえて使う際には必要以上のコストを覚悟しなければならない。かといって、BDT特性が十分であれば誰にとっても都合がよいということにはならない。理想的なBDT特性を備えるツールを使うユーザには、別の意味の覚悟が求められることがある。

 ある種のソフトウエアには、それを使えることを公的に示すための資格があったりする。じつは、そのソフトウエアが「じゅうぶんに使いにくい」からこそ、その種の資格の価値が認められるというところがある。普及しながら改善されてゆく過程で、ソフトウエアは「BDT特性」を獲得する。最終的に、そのソフトウエアを操作できることを示す資格は意味を失う。こういう資格はこれまでもあったし、これからも生み出されるだろう。それらがクワセモノだとは言わないが、少なくとも価値が移ろいやすいものであることを理解してつきあったほうが賢明ではある。

 一般に、ツールが使いにくいほど「ツールを操作できるかかどうか」が重大な問題となるいっぽうで、たとえツールが使いにくくても是が非でも使おうとするユーザは、作品をモノにするために必要な意欲も能力も高い。したがって、その段階での作品群はおしなべてレベルが高い。しかし、ツールが使いやすくなるほど素人の参入ユーザが増え、生み出される作品の平均レベルは低下する。遅かれ早かれ、「そのツールを使えるかどうか」ではなく「そのツールを使って何を生み出せるか」が問題にされるようになる。

 この変化は、ツールが脳神経とインテグレートされる過程と見ることもできる。

 たとえば「舞踏」を習い始めた段階では、踊るために必要な脳神経のあり方も、それにしたがって動作する身体との連係も出来上がっていない。練習を重ねることで、踊るための脳神経と身体がインテグレートされて、意図にしたがって身体を動かすことそのものは楽にできるようになる。そしてこの時点から、踊り手のセンスが舞踏のあり方を規定し始める。観客が見つめるのは踊りの技術だけでなく、踊り手のセンスでもある。つまり、「踊る身体」がBDT特性を獲得して、踊り手のセンスに対して透過的になるということだ。

 だから、BDTレベルが高いツールは使い手の適性や能力を露出させる公算が高い。そんなツールは"Baka Demo Tsukaeru"と同時に"Baka Deha Tsukaikonasenai"ものでもある。使うときには、ちょっと覚悟が要るのだ。

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コメント

こんばんわ。ねこに・こばーんです。

BDTとは面白いですね。結局道具をどう使うかの問題に帰着する気が
しますね。多くの人は、「与えられた道具」を使う事は出来ても、
それを「拡張する」、あるいは「より扱いやすくする」等は
しないと感じるんですよ。

開米氏の著書「SEの思考術」に "PowerPointがスペースシャトルを落
とした?"というショートコラムが載っていました
が(他のSEの方の著書の紹介で申し訳ないです)、我が意を得たりでした。


もっともXEADを自分のツールとして開発する凄いSEもおられますが!!

ツールを使いこなし、自分の機能を拡張する事で人間は進化して来た
のにバカツールが却って進化を阻害する傾向がIT業界では多い様です。

IT業界のへたれツールメーカやベンダのSEは、2001年宇宙の旅で、骨を使い、頭蓋骨を砕き、
敵を撃退する事を憶えた猿が、骨を宙に放り
投げ、それがスペースシャトルにメタモルフォーゼするシーンをもう
一度見てみる必要がありますね。

何かまとまり無いですけど、今日はこの辺で(^^;


投稿: ねこに・こばーん | 2006.12.17 21:18

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