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2006.11.26

変化と共存するために在庫推移を監視する

 業務システム開発を決定してそのためのコストを引き受けるのは経営者である。それゆえに、ふつうは「経営者のためのシステム」が開発される。ところが、スポンサーの意に反した「従業員のためのシステム」が出来上がってしまうことがままある。

 物販業における在庫引当の話である。これまでも何度か「在庫推移監視方式」の有効性を説明してきたが、実際にその枠組みを受け入れてもらうことは簡単ではない。それは、その方式が「経営上の便宜をはかるためのしくみ」であるいっぽう、従来の「在庫引当方式」が「従業員の便宜をはかるためのしくみ」であるからだ。後者を前者に置き換えるときに一般ユーザから反発があるのも当然だ。

 「在庫引当方式」と「在庫推移監視方式」の違いをもう一度説明しよう(参考エントリー「在庫引当から在庫推移へ」)。まず、「在庫引当方式」では、受注して在庫があればそれを「引当」する。つまり、ある受注(J01)の数量が100個でその時点の実在庫が150個であれば、J01に対して100個の在庫を出荷日以前であるにもかかわらず「売約済」としてしまう。有効在庫はその結果、150個から50個に変化する。こうやっておけば、出荷予定どおり出荷される可能性は高いだろう。営業マンは枕を高くして眠れる。

         実在庫 有効在庫 受注数
 J01受注前  150  150   0
 J01受注後  150   50 100

 これだけの説明ならば何も問題はなさそうだ。実際、受注即出荷ばかりの業態においては有効な考え方ではある。しかし、緊急出荷分や数ヶ月先の納期分がフツーに混在するような業態では、このやり方は経営的な悪影響をもたらす可能性が高い。

 たとえば、J01に続いて、60個の緊急注文(J02)が入ったとする。「在庫引当方式」では、J01の納期の後での出荷分ということにされてしまう。なぜなら有効在庫が50個なので、J02の60個に足りないからだ。どれくらい後回しにされるかというと、10個の追加発注分が入荷されるまでということになる。それを顧客が受け入れられないようであれば「失注」、すなわち「機会損失」である。

 また、後回しにされることを顧客が受け入れてくれたとしても、J01向けに引当された100個はJ01の出荷時点(それは1ヶ月先かもしれないのだ!)までは「遊んでいて稼がない」のである。本来ならば、在庫というものはチョコマカと動いて稼いでくれるはずの経営資源だ。しかし、特定受注に固定されてしまうために動き回れない。ゆえに稼げない。時系列を無視して現在庫に対して引当を行うことの問題がここにある。

 「在庫推移監視方式」ではどうなるかというと、データベース上の在庫引当は行わない。さまざまな入出庫予定データを集約して、商品毎の将来の在庫推移を時系列に沿ったビューとして示すだけだ。上記の例であれば、J02を受注した時点で、その商品が将来(J01の出荷時点)に、在庫推移がマイナス10個になることを次のように示す。

 日付  入荷予定 出荷予定 在庫残高
 現在     0    0  150
 J02出荷日    0   60   90
 J01出荷日    0  100  ▲10

 このような、欠品が予想されている異常事態ににどう対処すべきか。それは人間が悩むべき仕事とみなされる。J01の受注日が早かったのだから、やはりJ02を優先させてJ01を後回しにしようということになるかもしれない。または、J02を要求どおり受け入れて、追加発注などの対応でJ01も当初の予定どおり出荷できるように努力しようということになるかもしれない。いろいろな対処方法が考えられるが、どれに決まろうともその結果をシステムに登録すれば、在庫推移はたちまち変化する。受注だけでなく、入荷予定が変わっても在庫推移は変化する。

 「在庫推移監視方式」のもうひとつの特徴は、在庫推移が一定の条件を満たすようであればシステムがそれを「異状」とみなしてユーザに通知する仕掛けを伴う点だ。たとえば「1ヶ月以内に欠品が起こる商品」をいつでも一覧できるようにしておく。そして、通知のたびに人間がまた悩んで対応するわけだ。

 コンピュータは「どうすべきか」はちっとも教えてくれないが、「このままゆけばマズイ」ことはきちんと示してくれる。それはコンピュータの原理的な特性というよりも、現在のコンピュータが企業経営における多様でダイナミックな考慮事項に対するセンサーを完備していないゆえの限界である。だから、人間とコンピュータとの適切な分業を考える必要がある。「在庫推移監視方式」はその答えのひとつだ。

 端的に言えば「在庫引当方式」は、個々の受注を(早いもの勝ちで)「営業担当者が業績を確保するためのネタ」とみなす考え方だ。それが生み出すものは、ありていに言えば「企業収益よりも営業担当者のボーナスを優先させたしくみ」である。

 「在庫推移監視方式」は「時々刻々と変わる現実(受注状況、入荷予定等)から経営上の利益をいかに引き出すかのゲーム」のスキーマを持っている。現在だけでなく、未来の時間軸上にも在庫を置いて管理するやり方ともいえるし、より文学的に言えば「変化する現実と共存するための仕組み」ともいえる。ほとんどの企業が入出荷予定の撹乱を嫌うのであれば、それと共存するためのしくみは強力な経営ツールとなる。

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