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2006.04.15

「お風呂本」は気宇壮大をもってよしとす

 高校の頃にアウレリウス帝の「自省録」の文庫本をお風呂に持ち込んで以来、本なしでお湯につかれなくなった。長年湯船の中でいろいろなジャンルの本を読んできたわけだが、お風呂に向いている本と向いていない本があることもわかった。

 向いているのは自然科学と歴史モノだ。それも宇宙論とか古生物学とか古代史といった気宇壮大(きうそうだい)なものがいい。頭をからっぽにして違う世界で遊べるような、遠く離れた世界のイメージにあふれたものがいい。今読んでいるのが「地球の内部で何が起こっているのか?」(光文社新書)という地質学の本なのだが、スケールがでかくて楽しい。最初のお風呂本として「自省録」にハマったのも、ローマ皇帝になった気分で風呂につかれたからであろう。

 向いていないのがまず「役に立つ本」だ。仕事関係の本とか、いろんな実用書はお風呂では読む気が起こらない。それらは役に立つだけに、現実的・日常的すぎるからだ。なんというかそれは、お風呂のリラックスした「ハレ感」とそぐわない。

 心理的ではなく、物理的な意味で向いていないのが、ジャンルに限らず「面白すぎる本」と「面白くない本(というか、そのときの気分に合わない本)」である。面白すぎる本を読むとのぼせるか、フチに座って読み続けるせいでカゼをひく。面白くない本だと眠くなって湯に落とす。今まで10冊は落っことした。家族もマネをするものだから、みんな長風呂だし、本棚にはふやけてボコボコになった本がたくさん入っている。

 そんな調子だから、図書館をどうも利用できない。「お風呂で読みたくならない本」を選ぶなんてばかばかしいし、線をひいたり書き込みができないなんてのもいやだ。手触りがいやなので紙カバーはしないし、帯もじゃまなのではずす。気に入ったページを切り取ってカバンに入れたりもする。自分の所有権を全面行使してボロボロに消費しつくすので、お風呂に落とさずともけっきょく古本屋には売れない。

 そういえば、お風呂場の壁のつっぱり棒に掛けてあるバスケットに本を入れているのだけれど、それがバスケットごとお湯の中に降ってくることがある。家族がそれぞれ、その日の気分によって読む本を替えられるように何冊もほうりこんでいたりするせいだ。違う世界で遊ぶ気分でうっとりして読んでいるところに突然落ちてくるので、ものすごくびっくりする。7冊以上入れるとはずれて落ちることを最近ようやく理解した(バカだ)。

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コメント

わたなべさんの本をお風呂で読んだことがありますが、
さすがに、疲れました。

投稿: たつみ | 2006.04.17 18:19

たつみさん

へへへ。システム設計みたいに理屈っぽい本なんて、いかにもお風呂には向いてませんよねぇ(^^;

投稿: わたなべ | 2006.04.17 23:34

はじめて。「開発の現場」でXEADの記事を見つけたのがきっかけで、いやぁ「面白い!」&「頼りになりそう!」な方みつけちゃいました。
風呂で読む本、はい、確かにこのように書かれると思い当たることばかり。それをこのように整理ができるかできないか、設計者としての実力でしょうか。。
これからちょっとまとわりつかせていただきます。よろしく(^_^)V

投稿: bottch | 2006.04.30 14:19

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