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2005.12.03

ユーザがなかなか仕様を決めてくれないって?

「ユーザがなかなか仕様を決めてくれないんです」という悩みをじつによく聞く。検討の過程で明確にされたいくつかの選択肢があって、ユーザに決断力がないゆえに決めきれていないとすれば、確かに困ったものだと思う。しかし「ユーザがどんなシステムにしたいかをなかなか明確に語ってくれない」といったレベルの悩みなのであれば、問題はどちらかといえば設計者の側にある。

◆デートの過ごし方を決める過程

 休日のデートの過ごし方に関して男性から尋ねられて、事細かに意向を説明してくれる女性はどちらかといえば少ない。たいていは「うーん、いい景色を見て、なにか美味しいものを何か食べたいな」なんて曖昧な答えが返ってくる。そのときに彼は「イイケシキだのナニカオイシイモノなんて曖昧な言い方をされてもわからない。もっと具体的に説明してくれないか」なんて言うだろうか。

 そんなことを言う男がいるとすれば、彼女のいぶかる様子に気づくこともなくこんな風に続けたりするのであろう。「じゃあ、とりあえずキミがこれまでに『イイケシキ』とか『オイシイモノ』と感じたものを一覧してみようじゃないか(これを現状分析という)。その結果を検討すれば今回のデートのテーマが見えてくるはずだ」そんな理屈っぽさにふつうの女性はついていけないだろう。

 じゃあ彼はどうすべきなのか。とりあえず「いい景色」とか「美味しいもの」といったざっくりした手がかりと、彼自身が利用可能なリソース(クルマやお金や知識)にもとづいて、具体案をいろいろと彼女にフィードバックすべきなのだよ(とエラソーに言うけど、あたりまえの話だ)。それらに対する彼女の反応を見ながら、提案内容を調整しつつ最終案としてまとめればいい。その過程で「いい景色」や「美味しいもの」以外に考慮したかったさらに重要な事項も明らかになるかもしれない。そんな気づきに至れるのも具体的なフィードバックがあればこそだ。

◆ユーザは設計者とのやりとりの中で雄弁になれる

 デートの遂行に関してイニシアチブを握っている彼と、デート相手である彼女との関係は、専門技術をともなうサービスの受注者と発注者との関係に似ている。

 たとえば注文建築の家を建てるとき、建築士は施主との打合せの際に「『住みやすい家がいい』だなんて当たり前かつ観念的なことを言われても困ります。自分たちが住む家なのでしょう?だったらもっと明確に家の形を示してください」などとは言わない。建築士は施主の家族構成などにもとづいて彼らにとって「住みやすそうな家」を何度も描いてフィードバックする。それらに対する施主の反応を見ながら、提案内容をどんどん修正しながら最終案としてまとめる。

 システム開発も同様だ。設計者はユーザとの打合せ(モデリングセッション)の場で、「自分たちが使うシステムなんだから、もっと具体的に要件を示してください」なんてことは言わない。断片的に語られるユーザの意向にもとづいて、設計者はその場でシステムの具体像をホワイトボードやウラ紙やタブレットPCの上に立体的に描き出す。それらに対するユーザの反応を見ながら、提案内容をどんどん修正しながら最終案としてまとめる。

 しかも、それらの知見をミックスしてフィードバックする過程で、さまざまな専門的配慮が盛り込まれる。仮にマイホームの施主がプロの漫画家か何かで、自分が住みたい家の見事なイラストを描いて持ってきたとしても、建築士がそれに忠実に図面を引くなんてことはしない。そのイメージをコンセプトとして取り入れるにせよ、けっきょくは耐震強度や建蔽率などのさまざまな専門的配慮を補完した形で大幅に考え直さねばならない。

 このように実際の設計は、依頼者側の意向が設計者の想像力と専門知識とにブレンドされる複雑かつダイナミックな過程だ。そして依頼者の具体的な意向は、ざっくりとした意向にもとづいて設計者がこれでもかとフィードバックする過程で、逆説的に明らかになってゆく。だから、依頼者がシステムのあり方に関して具体的に語れないのはある意味で当然だ。素人である彼らは、専門性を補完してくれる設計者とのインタラクティブなやりとりの中で初めて雄弁になれる。

◆設計者はユーザーの意向を映し出す鏡

 端的に言えば、システム設計というのは設計者が「ユーザの意向をもれなく聞きだす取材者になる過程」ではなく「ユーザの意向を、具体性と専門性とを盛り込んだ形で映しだす鏡になる過程」である。ユーザが「これです。これが私たちが望んでいるシステムです」と納得するまでやる。その納得感が、設計者がもたらす価値の源泉だ。

 そこに映されているシロモノをユーザが事前に言葉でもれなく表現できるような案件ならば、ユーザは専門家など頼まずに自分たちで設計すればいい。高い単価で仕事を請け負っているシステム設計の専門家ならば、「ユーザがどんなシステムにしたいかをなかなか明確に語ってくれない」なんてグチっている暇があるなら、1枚でも多くのモデルをフィードバックしたほうがいい。

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» 決まらない仕様には「仕様の仕様」を出そう。(あるいは要件と仕様と設計の話) [満足せる豚。眠たげなポチ。]
「設計者の発言」さんの「ユーザがなかなか仕様を決めてくれないって?」をとても興味深く読みました。 「ユーザがなかなか仕様を決めてくれないんです」という悩みをじつによく聞く。(略)問題はどちらかといえば設計者の側にある。 で始まるこのエントリでは、....... [続きを読む]

受信: 2005.12.04 06:01

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