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2005.11.12

事務仕事の現場は「情報処理工場」である

筆者はXPやアジャイル手法に賛同する者のひとりである。しかしこれらの手法を、業務システム開発の分析設計工程までを含めたトータルな開発手法として応用する際には注意が必要とも感じている。アジャイル手法では「動作するモノ」の実装を優先させるゆえに、「動作するモノとして実装しにくい要素」が軽視される恐れがある。実際のところ、業務システムには「動作するモノ」のほかにもさまざまな要素が関わっていて、それらの要素が絡み合ってシステムの骨格を成している。

◆工場と事務作業との比較

 商品によほどの訴求力があるか、市場での独特な競争力に恵まれているのでない限り、企業はマーケティングや流通過程で競争力を発揮できるように努力する。業務システムが企業の特性や方針に合わせて多かれ少なかれ最適化されることが求められるのはそのためだ。結果的に、業務システムの開発は「規格品の大量生産」ではなく「毎回仕様の異なるカスタム品の個別受注生産」に近いものになる。

 いっぽう、業務システムが支援する「事務作業」そのものは、「規格品の大量生産」によく似ている。工場で規格品が大量生産されるように、事務作業の現場では定型的な情報が大量に収集・加工される。工場において作業者はさまざまな道具立て(治工具や工作機械)を用いながらモノを加工するし、事務作業において担当者はさまざまな道具立て(筆記用具やソフトウエア)を用いながら情報を登録し、加工する。工場が「モノを加工するための人間と機械の複合体」であるなら、業務の現場は「情報を加工するための人間と機械の複合体」だ。つまり、事務の現場は正しく「情報処理工場」である。

 この比較を「三要素分析法」の枠組みを用いてより具体的に確認してみよう。規格品を大量生産する製造工場と事務作業の現場(情報処理工場)とを比較すると次のようになる。

051112

 これら3要素のあり方を平等に把握しながら、それらの相互関係や整合性を検討すべしというのが「三要素分析法」の眼目である。

◆新工場の建設に関わった業者の話

 さて、あるメーカーが旧式の設備ばかりの工場を売り払って新工場を建設することになったとしよう。現場で働いてきた作業者の多くが新工場でも引き続き働くことになっている。新工場のためのエンジニアリング会社を選定する過程で、ある業者がこんなことを言ったとしたらどうだろう。

 「最新手法を活用できる我々におまかせください。とりあえずベテランの作業者の方々を集めていただけますか。彼らの話を伺いながら、我々は『動作する治工具や工作機械』を手早くお作りいたします。それらを実際に用いて検証しながら進められるので、確実かつ短期間に工場は稼動できるでしょう」

 読者が発注責任者であるとして、そんな業者に新工場の設計・施工をまかせようと思うだろうか。筆者は思わない。工場は「治工具や工作機械が良く出来ていればまわるもの」ではないからだ。工場の多様な構成要素のひとつでしかない「治工具や工作機械」をことさらにあわてて実現化することに何か意味があるとは思えない。

 また、旧式の設備を扱ってきた作業者の意見を聞きながら出来上がる治工具なんて「超合金Z(古いし)か何かの最新素材で出来ている旧式のスパナ」みたいなものになる可能性が高い。仮に、革新的なデザインの、しかも使いやすいスパナが提示されたとしても、工程フローレベルを見直す契機にはならない。

 もちろん、1台1億円なんて値のついたりする工作機械の仕様が、実際に動作する実物を用いて早期に検討できることは有難い。しかし、当たり前の話だが、工作機械の仕様よりも「どんな資材を用いてどんな製品をどのように作ろうとしているのか」といった、いわゆる部品表や工程表まわりの検討を優先してほしいと思う。工作機械の仕様がいかに早期に明らかになったとしても、それに合わせて部品表や工程表が自然に決まっていくわけはないのだから。

◆「情報の部品表」の検討が最優先

 「工場なんだから、自分たちがどんな資材を用いてどんな製品をどのように生産しようとしているかは理解しているはずだ。発注側にそのような知識があることを前提にするなら、工作機械を早期に実現してくれるのであれば、そのエンジニアリング会社にまかせていいのではないか」と思われるかもしれない。

 おそらく、事務作業の現場を「情報処理工場」に喩えることの無理のひとつがここらへんにある。「加工されるべき対象のあるべき仕様」が当事者達にも把握されにくいという特性が、事務作業の世界にはある。工場の製造技術者であれば、資材の特性や製品の仕様を細かいレベルで把握している。しかし、事務作業の管理者のどれだけが、処理される情報のあるべき仕様を把握しているだろう。じっさい、システムベンダーがRFPを受け取った時点では、情報のあるべき仕様(データモデル)が明らかでないことのほうがはるかに多い。

 ゆえに、事務作業の現場を「工場(情報処理工場)」に喩える文脈においては、新工場の設計施工を受託するエンジニアリング会社はたいてい最初に「資材や製品の仕様」を顧客とともに検討するハメになる。しかも、この課題は難易度が高いだけでなく何よりも優先されなければならない。「資材や製品の仕様(部品表)」が曖昧なままでは、「製造工程の連係様式(工程表)」や「工作機械の仕様」を検討することに意味はないからだ。

 まず「資材や製品の仕様」を検討して部品表を作る。その次に「製造工程や作業者の連係様式」を検討して工程表を作る。それでようやく「工作機械の仕様」を検討することに意味のある段階、すなわち、アジャイル手法が有効に働ける段階に至る。

 ときには「革新的な工作機械の仕様」が部品表や工程表の内容を変更してしまうこともあるだろう。しかし、少なくともこれらの要素は相互に関係しつつもそれぞれが独自の次元を持っていて、どれかひとつを掘り下げれば他の要素のあり方が自然に導かれるようなものではない。アジャイル手法の威力を享受できるのは、それらの要素を堅実に取り扱う当たり前のプロジェクトだけだ。

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