« 会計システムにオトシマエをつける | トップページ | XEADのXは、XMLのX »

2005.05.22

システム設計に求められる適性

◆他の職業との比較が重要

以前、システム設計は専門職であるからには求められる適性があると指摘したが、そこらへんをもう少し具体的にしておきたい。

およそどんな職業向けであっても適性の議論になると、実務者にさえ「そんなスーパーマンってこの業界にいたっけなあ」と皮肉りたくなるような安直な理想像が描かれやすい。とくに論者が職業人として自信に満ち溢れている場合に、そのような議論になるのかもしれない。反対に、自分の職業生活にやけっぱちになっている論者だと「打たれづよさ」だの「何よりも体力」みたいな、わかりやすいが乱暴な議論になりそうだ。

重要なのは「他の職業と比べた場合に、とくにどんな素質が求められるか」、さらにその職業において「劣悪であることが致命的でない素質は何か」を示すことである。たとえば、しばしば耳にする「システム開発者にとってはコミュニケーション能力が重要である」という主張は却下される。なぜなら、他の職業と比べてことさらそれが求められるわけではないからだ。他のおおかたの職業において、システム設計の仕事よりもコミュニケーション能力が重要でないなんてことはまったくない。

それにしても、この分野でコミュニケーション能力の重要性が妙に強調されるのは、その能力が劣悪な人材が比較的多いからなのかもしれない。まあ確かにそれは是正されるべき問題ではある。しかし、システム設計という仕事の特性の議論はまたべつのところにある。また、現実のシステム設計の世界が、この記事で主張する「必要な適性」にあふれた人材で占められているかどうか――それもまたべつの問題だ。その点をあらかじめことわっておきたい。

◆犬なみの嗅覚を持つ男の話

システム設計の仕事において「劣悪であることが致命的でない素質は何か」の筆者なりの答えを示す前に、理解しておいてほしいことがある。多くの人は「お金も能力も、ありすぎて困るなんてことはない」と漠然と考えているが、能力が過剰であるゆえの問題というものは確かに存在する(お金もそうらしい)。

オリバー・サックスの名著「妻を帽子と間違えた男」の中で、嗅覚と視覚が3週間にわたって異常に鋭敏になった24歳の男性の実話が紹介されている。その結果、彼は事物を分類したり抽象化してとらえることができなくなったという。彼の感覚が受け取る事物は精妙な違いを伴う個々にユニークなものであるため、それらを上位概念でくくることが感覚的に許容できなくなる。「嗅覚が鋭くなってめちゃラッキー」なんて話ではまったくなくて、人間に特徴的な知性を行使できなくなるという致命的な問題が、一時的ではあるが生じてしまったのだった。

実は「感覚の鈍さ」というのは、人間が言語や抽象化能力を利用するために必要な条件である。どうも人間の感覚器官は想像以上の性能を持っているのだが、情報処理の過程で意図的にリミッターがかけられているようなのだ。必要であるはずの抑制がはずれてしまった場合に、その男性のような症状が生ずるらしい。感覚の欠損と同様、感覚の過剰もまた問題を招き得るという興味深い話だ。

病理のレベルではまったくないが、このように、ある能力が旺盛であるゆえに職業的なミッションをまっとうできないということもあり得る。システム開発の世界での筆者の経験を示そう。

◆理解力と記憶力がありすぎることの弊害

コンピュータ業界には賢い人材がたくさんいる。筆者のようなボンクラにはまぶしいような人々なのだが、さまざまなプロジェクトを通して彼らと仕事をしているうちに、ある問題に気づいた。一般的な賢さのコアとみなされる「理解力」や「記憶力」が旺盛である場合の問題だ。

「理解力」が旺盛な技術者は、「わかりやすい成果物」を作ろうという動機が弱い。なにしろ、とっ散らかったような説明を通しても理解してしまえるゆえに、他人にわかりやすく説明することを要求することもしないし、他人にわかりやすく説明しようとも考えない。このような人物を中心とするプロジェクトが生み出すコードやドキュメントは他人にはわかりにくいものになりがちだし、プロジェクトのメンバーも彼のわかりにくい表現に翻弄されがちだ。下手に忠告すれば「理解力のないお前が悪い」と逆襲されるかもしれない。

同様に、「記憶力」が旺盛な技術者だと、そもそも「冗長な外部記憶」としてのドキュメントを残そうという動機が弱い。そのような人物がリーダーを務めると、プロジェクトの終わり頃になってドキュメントをまとめて作るように計画しがちで、けっきょく時間切れでまともなドキュメントが残されない。秘密裏に進められるようなアブない仕事なら話はべつだが、システム開発においては適宜のタイミングで丁寧にドキュメントを残していかねばならない。ドキュメントがなかったら、いくら理解力や記憶力に優れた人材を投入しても引継ぎは困難だ。

もちろん、これらの観察を以って、それらの能力に恵まれた者がこの仕事に向かないなどと卑屈な主張をするつもりはない。むしろ、そのような人材がわかりやすいドキュメントを丁寧に残してゆく習慣を身につけたなら、まさに鬼にカナ棒だ。筆者がここで言いたいのは、一般的な「賢さ」の基軸とみなされる理解力と記憶力の劣悪さは、少なくともシステム設計の仕事において致命的なものにはならないという指摘である。

◆重要な能力は「構成力」

では、システム設計の仕事において、「これが劣悪ならば致命的」な能力は何か。それは「構成力」だ。知的能力として取り沙汰されることはあまりないが、このような能力は身近なもので、筆者の職業生活においても日常的に使われている。もう少し具体的に言い直せば「複雑膨大な要素群を、構成的な美しさを考慮しながら素早く配置する能力」である。本質的に「言葉の構築物」であるコンピュータシステムを、機能要件を満たすだけでなく他人にも理解しやすい形でまとめあげる。そのような課題にどうしても必要とされる能力だ。

実は、リクルートの段階でこの能力のあるなしを判定するのは難しくない。予想されにくい内容に関して、まとまった文章を書かせてみればいい。システムの設計情報なんてものは要するに「論文のバケモノ」に他ならない。論述課題くらいをわかりやすくまとめられないとしたら、システムの設計情報をわかりやすく構成するなんてとうてい無理だ。だから、システム設計をする者が文章を書いて発表するってことは、職業上の適性を露出してしまうハズカシイことなんである。ちなみに筆者がなぜそんなことをやっているかというと、たんに図々しいからである。

|

« 会計システムにオトシマエをつける | トップページ | XEADのXは、XMLのX »

コメント

興味深く拝見しました。
「他の職業と比べた場合に、とくにどんな素質が求められるか」という点では、構成力もまた
他の職業でも求められる能力のように思います。
企画とかいわゆるスタッフ的な仕事をする人には必要な能力だと感じますし、
構成力に優れた人はビジネスマンとしても使える奴ではないでしょうか?

投稿: motomura | 2005.05.23 11:11

本村さん

このように考えたらどうでしょう。代表的な職業適性を10個くらい一覧して、職種毎に「これが弱ければ致命的な『順序』」を示す、そのような試みであると。たとえば「経理担当者」にとって「構成力」はリストのトップではないと思われます(彼らにとって重要なのはやはり「計数能力」だそうです)。いっぽう「企画担当者」なら、「構成力」あたりがトップに来るかもしれませんね。とはいえ、他の適性についてもシステム設計者にとっての優先順位と完全に一致するわけでもなさそうです。「理解力」や「記憶力」の話を持ち出した理由はそこらへんにあったりします。

投稿: わたなべ | 2005.05.23 14:31

「構成力」ですか、自分が一番苦手とする分野ですね。確かにいえてますが、訓練では身につかないものなのでしょうか?これって生まれもった才能なのでしょうか?

投稿: KANKAN | 2005.05.24 12:31

「構成力」は他の知的能力に比べたら後天的要素が強いと思います。ただし、「多くの要素を目的に応じて効果的に配置する」といった課題を面白いと感じる性格傾向が必要な気がします。面白いと感じるからこそ、その種の課題を進んで山ほどこなして、最初は下手なのにだんだんうまくなる。「構成力がある」というのはそのような遊戯的で自主的な行動を繰り返した結果だと思うのですがどうでしょう。

投稿: わたなべ | 2005.05.24 19:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87674/4236857

この記事へのトラックバック一覧です: システム設計に求められる適性:

» これはわかる [atsushifxの七転八倒]
システム設計の仕事において、「これが劣悪ならば致命的」な能力は何か。それは「構成力」だ。知的能力として取り沙汰されることはあまりないが、このような能力は身近なもので、筆者の職業生活においても日常的に行使されている。もう少し具体的に言い直せば「複雑膨大... [続きを読む]

受信: 2005.05.25 00:03

« 会計システムにオトシマエをつける | トップページ | XEADのXは、XMLのX »