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2005.04.10

モデリングセッションに必要な能力「共感力」

「モデリングセッション(ユーザといっしょに進めるモデリング)がどうもうまく進まない。恥ずかしいのか、ユーザが何も語ってくれない」という相談を受けることがある。よく訊いてみると、ユーザからの信頼を得るという基本的なレベルで失敗してしまっているケースがままある。セッションの場でユーザから信頼を得るためには技術力だけでは無理で、ユーザの「感情」を取り扱うための素養が不可欠だ。

◆共感的理解とは

初めて吉野に花見に行ったのだけれど、千本桜ってのは誇張じゃないんだね。すごいなあ、あれは。

春の休み明けに読者の友人がそんなことを言ったとする。それを受けて、読者は以下の6つの発言のうちのどれをいかにも言いそうだろうか。自分の会話のクセを思い出しながら考えてみてほしい。

1:桜の季節じゃなかったけど、吉野には3年くらい前に行ったなあ。
2:後醍醐天皇とか天武天皇にゆかりの深い歴史スポットだよね。
3:でもこの季節だとクルマの渋滞がひどくなかった?
4:千本桜くらいだと毛虫もすごいだろうな。千匹どころじゃない。
5:いいなあ。オレなんてまた土日とも仕事だったよ。
6:へえ、そんなにすごかったんだ。ドヒェーみたいな?

この例のように感情的要素が強調された発言に対しては、まずは「そこに込められた感情を認める応答」、すなわち6の類型で応えると、対話を気持ちよくすすめられるようになる。そのような応答パターンは「共感的理解」と呼ばれていて、アメリカの臨床心理学者カール・ロジャースによって提唱された。今では心理カウンセリングの基本姿勢として広く知られているが、教えられるまでもなく日常的にそのような姿勢で会話を楽しんでいる人もいるだろう。

用語にすると難しそうだが内容は単純だ。相手の感情にフォーカスして、それを自分が気づいていることを相手にフィードバックする。要するにそれだけのことなのだが、これがなかなかできることではない。相手の感情を読めないとできないし、こっちの気持ちに余裕がないとできないし、嫌いな相手にもできない。どうしても、1~5のような、自分自身の感情や興味にフォーカスしたジコチュー的な応答を人はしがちだ。

難しいことではあるが、じつはこの姿勢が、モデリングセッションでは重要な役割を果たす。もし、読者が日常的に上記の1~5のような応答をしがちなのであれば、自分のそのような性格傾向をセッションの場では意識的に抑えることをおすすめする。では、なぜそれほどこの姿勢が重要なのか。

◆ユーザにとってSEは「リストラ屋」

考えてみてほしい。システム屋なんてものは、エンドユーザから見れば「リストラ屋」以外のなにものでもない。現場の実状も知らないで乗り込んできて、人員削減のために暗躍する血も涙もないコンピュータ屋。ただでさえ忙しいのに、そんな連中に打ち合わせの時間までとられる。多くのユーザはそのような否定的な気持ちで最初のセッションに集まってくると考えていい。その中の誰が饒舌に語ってくれるだろう。

そもそも、ユーザは業務プロセスの改善なんか望んじゃいない。彼らにとっては、家族を養ってゆくために自分の仕事を永続的に確保することのほうがずっと重要だ(それはごく自然なことだ)。いくら経営者が「業務プロセスを改善しなければ、会社が立ち行かなくなって、みなさんの仕事も失われてしまう」と警告しても、それを理解できるのは人並みはずれた想像力と愛社精神をもつ一握りの社員だけだ。ほとんどの社員は「万が一会社が立ち行かなくなったら、他で職を得ればいい」と冷めた気持ちで楽観している。

だから、まずやらなければいけないのはユーザとの信頼関係を結ぶことだ。この場合の「信頼」というのは技術力としての信頼感ではない。「このひとは私の気持ちをしっかり受け取ってくれる」といった感情レベルの信頼感のことだ。そのためには、相手の発言中に表明された感情をしっかり認識して受容するといった、「対話における共感力」とでも言うべき素養が求められる。相手の感情を認めることは、相手の世界観や人格を認めることでもあるからだ。

もちろん、モデリングそのものを支える手法や業務知識も必要だが、それはもっと後の段階で問題になることだ。感情的な信頼を結ぶ前から技術力の高さなんかをへたに示せば、かえって「すご腕のリストラ屋」と思われてますます警戒されるのがオチだ。

◆取り扱われるべきさまざまな感情

では、モデリングセッションにおいて、具体的にどのようにユーザの感情を取り扱えばいいのだろう。まず設計者は、ユーザとのやりとりを通じて表出されるさまざまな感情に気づかないといけない。ただし、「表出」と書くのは正確ではなく、ユーザの感情は言葉にされない形で発言の奥に隠されていることのほうが多い。

たとえばユーザが、以前にある問題を解決するためにどんなやり方を工夫したかを説明してくれたとする。その発言には、かつてうまくいったときのユーザの喜びやプライドといった感情が込められている。そのやり方が現在の問題に対しては有効ではないことがわかっているとしても、その感情を無視するのはもったいない。「すばらしいアイデアですね。それがうまくいったときはどんな気持ちでした?」とうながせば、ユーザは生き生きとそのときのことを語ってくれるだろう。

また、業務上の問題が淡々と説明されていたとしても、彼らのうんざりした気持ちが見え隠れするならそれを無視してはいけない。彼らは仕事上の打ち合わせとして語っているゆえに感情を交えずに語ってはいるが、内輪では方言丸出しでやつあたりしている問題なのかもしれない。「ひえー、それはほんとうにうんざりさせられたのではないですか」とひとことフォローすることによって、ユーザはやはり表情豊かにコトの顛末を(小声で)語ってくれるだろう。

「そんな話を聞いても、モデリングには何の足しにもならない」と考えるのは間違いだ。それらを傾聴する過程でユーザは「ああ、この人は私の気持ちを理解して受け入れてくれる」と設計者を信頼して、積極的に語ってくれるようになるからだ。そして、いったん信頼を得たなら、それ以降はモデリングに直接役立つような情報を積極的に語ってくれるようになる。モデリングもどんどん進むようになる。だから、遠回りに見えても、まずはユーザからの信頼を得ることを優先させるべきだ。

ただし、「そうか。とにかく共感すればいいのか」などといった字面だけの理解でうまくいくものではないし、「音感」が人によって違うように、感情的な感受性も人によって違うので、やはり素質的に無理っぽい人はいる。けれど、ここらへんのヒントがありさえすれば行き詰まりが打開される段階にいる人もけっこういる。そんな人は、「ユーザからの信頼を得るために相手の感情にフォーカスすること」、これを意識しよう。

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» I don't care [ITコンサル+バンコク=]
そもそも、ユーザは業務システムの改善なんか問題にしていない。 彼らにとっては、家族を養ってゆくために自分の仕事を永続的に 確保することのほうがずっと重要だ(それはごく自然なことだ)。 オレのリスペクトする渡辺幸三先生のブログに上記のような 記述があった。 ・・・ああ、やはりそうなのか。そうなんだよね。 トップの経営者以外は誰も普通、望んでないんだよね。 システム化なんて。 それはタイも一緒だと思う。 いや、単純作業をしている人が多いタイの方が これはもっと顕著だろう。 ... [続きを読む]

受信: 2005.04.10 14:26

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