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2005.04.02

設計ノウハウの占有による優位性のあやうさ

「モデリング本」の読者に訊かれることがある。「すばらしい設計ノウハウだと思うのですが、こんな貴重な知識を公開したら渡辺さんはそれで稼げなくなるんじゃないんですか」 この手の質問は困る。答えは単純ではないし、微妙で複雑な気持ちが入り混じっていて、とてもひとことでは答えられない。

◆起こり得ることは遅かれ早かれ起こる

詐欺(サギ)をはたらく人々がしばしば口にする言い訳として、「こういう手合い(詐欺の被害者)は遅かれ早かれ誰かにむしり取られるもんだ。それなら、仲間うちでも良心的なワシにむしられたほうがいい」というのがある。盗っ人に説教されたら世話はないが、それにしてもこれにはいくばくかの真実が含まれている。確かに、起こり得ることは遅かれ早かれ起こる。

設計ノウハウの公開を積極的に進めている筆者の心中には、彼らの言い分に近いものが多少なりとも含まれている。業務ノウハウの公開というものは、遅かれ早かれ誰かによってなされてしまうものだ。

どういうことかというと、筆者はそのようなノウハウを占有することによって稼いできた人間のひとりなので、その仕掛けがなくなるのは困る。しかし、別の誰かによってノウハウが公開されていきなり干されてしまうのはもっと困る。それなら、自分でその事態を招来する当事者になったほうがいい。なぜなら、状況を変化させる主導権を握れば、新しい状況で生きていくための準備を自分のペースで進められるからだ。だから、同業者に対する裏切りをしてしまったような、うしろめたさを感じることがないわけじゃない。

◆怠惰によって守られている優位性はいつか消える

とはいえ、「同業者に対する裏切り」という言い方は正確ではない。なぜなら、システム設計者たちが「ここはひとつ、お互いノウハウを公開せんでやっていきましょうや」などと赤坂の料亭あたりで取り決めしてたわけではないからだ。つまり、彼らの設計ノウハウの占有は意図的になされていたことではなく、前にも書いたように、体系としての散漫さや属人性の結果でしかない。あえて厳しく言えば、「ノウハウを他人にもわかりやすくまとめる努力の欠如によって維持されていた優位性」でしかない。

そこへ、設計パターンをわかりやすくまとめるための枠組みやツールが登場したらどうなるか。もしそれが本当に有効なものであれば、設計ノウハウの占有による優位性は消失する。生産管理や金融や医療といった、高度な専門性によって守られていたと思っていた優位性が、案外あやういものであることが明らかになる。遅かれ早かれそれぞれの業務分野に通じた誰かが、そのわかりやすい枠組みを利用してノウハウを公開してしまうからだ。

そうなれば、評価されるべき設計スキルも変化する。知識の量ではなく、新しい知識や組み合わせを生み出すための思考の枠組みがどれほど洗練されているかとか、ユーザ要件の微妙な差異をどれだけうまくかぎわけるかといったコミュニケーション能力が重要視されるようになる。

◆モデリング技術の破壊力

この点でも参考になるのが建築・土木業界だ。JW_CAD(ジェイダブルキャド)というフリーソフトをご存知だろうか。パソコン通信の時代からある息の長い定番CADソフトで、その様式にもとづくモデルライブラリーの量は圧倒的だ。「排水池型枠支保工」とか「木造・鉄骨ガルバリウム鋼板笠木納め」といった謎のような名前がついたモジュールの図面データが山ほど出回っている。その世界では、たとえば「型枠支保工の設計を得意とする設計技術者」なんてものはとっくに成立しなくなっている(型枠支保工なるものが何かを知らないので、そういう専門性が存在していたのかどうかも知らないけど)。JW_CADをはじめとしたモデリング技術が、業界にそのような変化をもたらしたといっていい。

言い換えれば、そのような抜本的な変化を業界にもたらすかどうかが、手法やツールの有効性の指標にもなる。システム開発の世界にも多くの手法やツールがあるが、それらの効果として「実装とのシームレスな連係手段」とか、せいぜい抽象的なレベルのデザインパターンの記述様式として強調されていることが、筆者には不思議でならない。手法やツールが本当に有効なら、建築・土木業界がそうだったように、アプリケーションレベルの設計イディオムの公開の起点となるはずだ。その効果ははかりしれない。

もし読者が、モデリング手法を単なる図面書きや実装の効率アップのための工夫とだけ考えているのなら、まだまだ認識がアマい。本来のモデリング技術は、業界全体の設計ノウハウの評価軸をひっくり返してしまうほどに強力な破壊的技術だ。とりわけ、専門分野の設計ノウハウで稼いでいる設計者にとって、この技術から受ける影響は甚大だ。そして筆者はまさにそのような専門家のひとりだったゆえに、モデリング技術の普及や設計ノウハウの公開に積極的に加担しているというわけだ。ね、これってひとことでは言えないよね。

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コメント

はじめまして。松岡と申します。

実は以前、一度お会いしていますが、覚えておられるでしょうか?(DOA+の第3分科会の飲み会の時です。)

今度、ブログで「データモデルパターン」というカテゴリを作成し、これまで利用してきた(見てきた)パターンについて、書いていこうと思っています。(渡辺さんの考え方とは少し違うかもしれませんが・・・)

不躾ではありますが、トラックバックをはらして頂きました。

投稿: 松岡 | 2005.06.02 16:28

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現在、さまざまな場面で「パターン」という言葉が使われています。GoF の「デザインパターン」 やMartin Fowlerの「アナリシスパターン」 等が有名です。 一口にパターンといっても、分析−設計−実装という各フェーズでは、それぞれ発生する問題も異なりますので、結果的に対応するパターンも各フェーズにより異なってきます。 前述の「デザインパターン」はどちらかといえば、設計レベルでのパターン集であり、「アナリシ�... [続きを読む]

受信: 2005.06.02 16:11

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