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2005.03.26

ウンザリするほど面白い簿記の「帳簿組織」

前回、開発を経験すると簿記が面白くなると書いたが、その面白さはなかなかどうして単純ではない。簿記の学習項目である「帳簿組織」を例にして、その屈折した趣きを紹介したい。コンピュータを使わない時代に連綿となされてきた記帳の体制は、ウンザリするような面白さにあふれている。

◆仕訳伝票と総勘定元帳の関係

商品を売ったり給料を払ったり手形を決済したりといった、企業の資産構成を変化させるような動きのことを簿記では「取引」という。取引の内容を表す証憑(納品書等の証拠書類)にもとづいて「仕訳伝票」が起票される。「仕訳帳」という帳簿に仕訳を直接書き込むスタイルもあるが、伝票を用いるほうが一般的だ。

仕訳伝票には何種類かあって、入金伝票、出金伝票、振替伝票の3種類を使うやり方は「3伝票制」と呼ばれる。この中でわかりにくいのが「振替伝票」だ。これは要するに「他の様式では書ききれないようなすべての取引」を記録するための様式で、借方科目と貸方科目を明示的に書き込めるようになっている。それなら振替伝票だけで用が済みそうなものだが、振替伝票だと「現金1万円/受取手形1万円」となるが、入金伝票を使うと「受取手形1万円」とだけ書けばいい。入出金取引は量が多いのでこのほうが便利なのだ。

伝票を起票したなら、その内容を元帳(総勘定元帳)に転記する。たとえば「受取手形1万円」という内容の入金伝票にもとづけば、元帳の「受取手形勘定」と「現金勘定」の2つのページにそれぞれ行が追加される。

このときに、元帳側に「どの伝票にもとづく行であるか」を示すための情報を書き込むことになっている。「仕丁」と呼ばれる欄がそれで、ここには伝票に記載されている伝票番号が書き込まれる。データモデリングで言う「外部キー」に似ている。

◆補助簿への転記地獄

これだけの帳簿組織であればどうということはない。実際、これだけを見ればコンピュータを使わない時代の簿記システムとしては明快かつシンプルで、簿記の基本構造をよく表している。伝票の内容を元帳の各勘定に転記して、それぞれの勘定を期間で区切って集計して変形したものが決算書(財務諸表)なのだから。

しかし話はこれで済まない。問題は「補助簿」だ。これが関わると、簿記の実務はとたんに「転記地獄」の様相を呈してくる。

総勘定元帳は「主要簿」と呼ばれる帳簿だ。主要簿として分類される帳簿としてはもうひとつ、上述の仕訳帳が含まれる。仕訳伝票を使うスタイルでは、伝票を束にしたものが仕訳帳と同等の機能を果たすので、その場合には主要簿は総勘定元帳だけということになる。

これら以外の帳簿は補助簿と呼ばれる。たとえば、さまざまな仕訳伝票のうちの現金取引だけを、時系列で転記したものが「現金出納(すいとう)帳」だし、売上取引だけを得意先別に分けて記録したものが「売掛金元帳」だし、在庫の動きをともなう取引について商品毎に分けて記録したものが「商品有高帳」だ。他にも当座預金出納帳、手形記入帳、買掛金元帳、仕入帳、売上帳、固定資産台帳、給料台帳などがある。

役割は帳簿によってさまざまだ。現金出納帳からは現在の手持額(帳簿残高)とそれを変化させてきた経緯が読み取れる。売掛金元帳を見れば得意先別の債権残高がわかるし、商品有高帳からは商品の現時点の数量や残高、および払出原価が読み出せるようになる。総勘定元帳だけではわかりにくい諸問題が、補助簿を使うことによってずいぶん管理しやすくなる。

ところが当然ながら、これらの補助簿にも仕訳伝票から転記しなければならない。仕訳伝票を総勘定元帳に転記するだけなのであれば、ことさらややこしい話ではない。しかし、さまざまな補助簿に転記する作業は生半可な理解では務まらない。帳簿毎に異なる独特な転記ルールがあって、日商簿記2級の学習者がことのほかウンザリさせられる分野のひとつだ。

だから、簿記の実務がやれるというのはけっこうスゴイことなのだ。コンピュータを導入していない職場で男たちが「事務の子」などと軽々しく呼んでいる女子社員たちは、実は筋金入りの専門家集団だったりする。

◆仕訳を通して企業活動を眺めることのややこしさ

会計学でどのように議論されているのかは知らないが、補助簿への転記手続きの複雑さは、システム屋である筆者には「異なるシステムを無理にひとつのシステムで実現しているゆえの複雑さ」に見える。

たとえば「現金出納帳」は「仕訳・決算システム」とは別の、「出納管理システム」とでも呼べるモジュールに含まれるはずの情報のまとまりだ。販売管理システムと会計システムとが分かれているのはよく知られているが、実は会計システムに含まれている出納管理機能も、販売管理システムと同様に、会計システム(仕訳・決算システム)の周囲に配置される独立したシステムのひとつと考えてもおかしくない。

しかし、会計システムに詳しい技術者なら、出納管理機能を会計システムから切り出すなんてムチャだと思うかもしれない。確かに、仕訳伝票を起点にして出納を管理するのだから、会計システムから出納管理機能を切り出すなんて無理っぽくみえる。

問題はそこだ。仕訳の枠組みをのぞき窓として企業活動を眺める限り、どんな管理システムも(販売管理システムや生産管理システムでさえ)、会計システムの従属物にしか見えない。ところが、そのような見方は話を不必要に複雑にしてしまう。上記の補助簿への転記方法にしても、日商簿記2級で登場する工業簿記の原価計算にしてもそうだ。仕訳結果をネタにした原価計算のやり方を一度でも学んでみれば、補助簿の話なんてまだかわいいと思えてくるだろう。

では、物事を複雑にすることがわかっているのに、なぜ今までずっと、仕訳を経由させて企業活動をとらえてきたのか。それは仕訳伝票が、企業活動の動きをとらえるセンサーの役目を果たしてきたからだ。とりあえず仕訳の形で企業活動を捉えておけば、手堅く決算集計がやれるし、補助簿を駆使すれば勘定毎の個別管理もメンドウではあるが可能だ。それならばことさら仕訳伝票を捨てる必要はない。これはこれで合理的な考え方で、ERPパッケージはこの考えを推し進めたものだ。

筆者は昔からこのような企業システムのあり方に問題意識を持っていた。それで現在、通常の財務諸表も発行できるいっぽうで、仕訳を経由せずに企業活動を管理するための会計システムのレファレンスモデルを組み立てている。なかなか面白いモデルになりつつあるので期待してほしい。

◆データモデリングは「帳簿組織の論理」を捉える技術

ことほどさように、企業活動にとって「帳簿組織」のあり方は重大かつ手ごわい問題だ。計数能力に秀でた先人たちが工夫を重ねても、あのような煩雑な転記手続きをともなうシステムにならざるを得なかったくらいだ。事業形態に合わせたオリジナルの帳簿組織を、経理以外の業務向けに組み立てるのはさらに困難な課題に違いない。

この困難に救いの手を差しのべてくれたのは会計学者ではなく、意外にもコンピュータ科学者だった。名をE.F.コッドという。あまり意識されていないが、コッドのリレーショナル理論はまさに「帳簿組織の論理」を明示的に扱うための枠組みを提供してくれる。これまで職人技のように設計されてきた帳簿組織のあり方を、数学的な枠組みを使って形式化したものがRDB(リレーショナルデータベース)である。

オブジェクト指向系の技術者から、データモデルがRDBMSの利用を前提とした実装モデルだと言われることがある。これは話が逆で、データモデルは他でもない「帳簿組織の論理モデル」だ。RDBの考え方が発表されたときには、こんなのは机上の空論であって、そのまま実装してまともなスピードで動くわけがないと言われたものだが、それを実現するためのミドルウエアとして登場したのがRDBMSなのである。それは、コッドの明晰な考え方と、「論理的であればとにかく実現できる」というコンピュータの底力の勝利だった。

このような経緯を理解したなら、簿記を学ぶ際の「ウンザリするような面白さ」をいよいよ実感してもらえると思う。そしてそのウンザリ感は企業システム設計者ならばぜひとも経験しておきたい。先人達が何に苦労してきたかがわかるし、それを契機にしてコンピュータが何を支援し、何を支援しないかもわかるからだ。

企業システムを設計できるようになりたいって? すばらしい。それなら、まずは簿記を学んでたっぷりとウンザリしてほしい。

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コメント

始めまして。nbdyと申します。
渡邊さんの著書を読んで物凄く感銘をうけ、
いまやもう信者です。(笑)

冗談はさておき、「簿記」のお話が出てきたの
で、一つ”前渡金”についてお伺いしたいこと
があります。
 一般的に購買システムでは”前渡金”の管理を
したりするものなのでしょうか?それともこの手
のものは会計システム(?)側で対応するものが
普通なのでしょうか?
 そういえば、あまりシステムマティックに
処理しているのを見たことがないなぁとふと
思い出しまして。。


投稿: nbdy | 2005.03.28 22:44

nbdyさん

じっさい、そこらへんてちょっといやらしいですよね。システマチックにやるのなら、前渡金も前受金も会計システムで処理したほうがいいと考えます。購買担当者から依頼されて経理で前渡金分の支払を登録すれば、仕入先別月次取引サマリ(買掛残高テーブル)の前渡金額に合算されるようにしておきます(このときに買掛残があっても減らしません)。その後に、購買システムで仕入が起こって買掛が増えますよね。で、経理での月次の支払業務において支払入力された時点で、「その仕入先には前渡金を払ってあるのだけど、今入力している支払分に充当させるかい?」というメッセージを出すようにして、充当処理すればいいと思います。いっぽう、売掛を前受金に充当させるのは、「月次支払業務」みたいなトリガーがないぶん工夫が要ります。月いちか週いちに実施される「前受金充当業務」のような仕事を設計すればいいでしょう。

投稿: わたなべ | 2005.03.29 09:22

 すばやいご意見ありがとうございます!
 やっぱり、前渡金はそのような管理の仕方になりますよね。

 会計仕訳って、原則はどの会社も同じなんでしょうが、実際にいろんな会社に行くと、ありとあらゆる処理を行っているのでビックリします。中には「よくこんなので、会計監査とおるな~」というものもあったりします。
 そういう意味でも、SEであっても最低限の会計知識はいるんだな、と思う今日この頃です。

投稿: nbdy | 2005.03.30 23:48

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